1999-4-29 15:30 開演 1000days劇場
花組前売り日は仕事だったし、「お披露目だからいつもよりは少しチケットは取りにくいだろう」と(勝手に)思っていたのに、実際はどうだ。観劇2日前、職場と駅の途中にチケットぴあがあったことを思い出し、たまたま通りかかったのも夕方7時前だったので、ちょっと寄ったら「A、D、E以外は残ってます」だとさ。それで、劇場に行ってびっくり。C席は、前2列を除いてはほとんど空いていたんですよ。私は上手にいたので、下手側まできちんと見てないからわからないけど。今日(4/29)って、休日だよね〜。世間で云うところのGWの一日目だからかな?と思っていたら、前の人が云ってました。「いつもこんなモンよ」って・・・・・・
3月、4月と宝塚から遠ざかっていたので、景気づけになんでもいいから観ておこうと思ったのだ。お給料もでたことだし。大劇場で一回観ていたので、内容に関してはもうどうでもいいとして、フィナーレのタンゴは是非とも!って具合に、観たかった。というか、大鳥れいは結構オモシロそうな人だ、ってことが、昨年のWOWOW無料放送「スターの小部屋」や先日のMXTV「Rainbow Cafe」で遅ればせながらわかったので、彼女が楽しみだったのだ。
さて。
全体的に随分おとなしいな、と感じた。もともと大劇場公演でも爆発的なエネルギーは感じなかったけど、東京もやっぱり同様である。川上音二郎は、私の中では破天荒なイメージってあるのだ。そこの部分において認識のギャップというのはもちろんあるんだけど、それでもなんだか今ひとつ燃焼不足だった。
川上一座は、髪の毛の色が全員黒いのと、カツラの形がなんかヘンなので、相変わらず美的でない。なにがいけないって、それがいけない。みんな重たいんだ。誰かひとりぐらい髪の毛の色素が薄い人がいたっていいし、だいたいなんで同じ髪型なんだろう。だから、ショーアップされた場面(2幕の最初とか)で、役と離れていた時のほうがずっと好かったし、観ていてとても安心した。
それと、割とみんないい人なんである。脚本がそうだからしょうがないんだけど、「いろいろと腹黒いところもある」はずの櫛引さんも、ただのいい人にしか見えなかった。
時の作者が劇団で大きな力を持っているので初演を逸脱できない、完璧にオリジナルを踏襲しているのでないかな、と思うのだ。当時、酒井澄夫氏はショー担当で、三木章雄氏は演出補とのことだが、今回の上演でどういう演出の割り振りをしたか知らないけれど、芝居部分にこのふたりの作風はどこにも活かされていない。正面向いて見得を切って台詞を言うとか、わりとみんなぞろぞろ一緒にいるとか、結局植田歌舞伎なんだよね。ただ、貞が音二郎に「広い世界を見て何を学んだんだ」って云われて「女性も独立した人間であること」と言い返す部分、これはエライってことなのだ。なんだかんだ云っても、娘役が相手の男役に言い返す作品て、珍しいよ。最近は増えてきたけどさ。当時もこの台詞だったのならもっとスゴイけど、なんか今回『夜明けの序曲 '99』にあたって改められたのではないかと、勝手に思ってます。ハイ。
そんなだから、一幕目はかったるい。食べるものがない、舞台に立ちたいと思うなら、なぜ川上一座の座員は、自分たちで何もやらないのだ。音二郎(&貞)と櫛引・高浪に全部任せきりで、「辛抱だとぅ〜(怒)」って詰め寄るなよ。キミ達はなにかやったのかい?
二幕目前半は、なにしろ貞がものすごいから、オモシロイ。それ以外は、プロローグがパリのレビューで、そのあとが歌舞伎なのでメリとハリが効いていて、好かった。連獅子は川上一座の公演というのを抜いても、見応えある。あれだけ1時間ぢゃ飽きるけど。ただ、高浪が岡本綺堂に語った話というのだと構図は、ありきたり。初演は退団公演だったらしいから、音二郎を死なせてもあまり差し支えはなかったかもしれないし、そうしないと貞の独白は生きてこない。だったら、高浪ではなく貞の思い出話にしたほうが、私はいいんぢゃないかな〜と思ったわけだ。それに本当は、愛華みれのお披露目なんだから、パリでモルガンお雪に諭され(あれもなんかワケわかんない説得だけど)、学んだことを日本に持ち帰ったところで終わりにしたほうが、すっきりしているのではないかと。「宝塚少女歌劇が帝国座で公演」云々のスライドは蛇足。
大鳥れい。コノ人ハタダ者デハナイ。貞を演じるときのエネルギーって、常人が思い及ばないところがあると思うのだ。なにしろ川上貞って人は今まで誰もやらなかったこと=女優を初めて世に認めさせた功績を持っているからね。 二幕目の夫婦喧嘩のところがワタシ的には、結構ドスが利いていて好きなんだけど、頸が前に突き出ちゃって、ちょっと変な姿勢だったのが気になりました。
岸香織さんは、退団公演。三○満・・・ではなくて三上繁でピシッと、芝居を締めていた。メメンジャコを、ボウフラと変えていたのですが、メメンジャコって、じゃこのことですか?それはともかく、絵と文もちょっとピリッとしていて好きだったし、退団はなんとも残念だ。ホントの本当に時代の区切りを感じてしまった。岸さんと、岸さん演じる三上がだぶって見えてきてしまう。
フィナーレのタンゴは、「絶対ピアソラの曲だ」と思って、家に帰ってヨー・ヨーマが弾くピアソラのCDを聞いてみたんだけど、この中には収録されていなかった。でもあれは絶対ピアソラのタンゴだと、私は思っている。実際はどうなんでしょうか。
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