宝塚歌劇団宙組 「里見八犬伝」

2003-08-19 13:00開演 日本青年館大ホール


『里見八犬伝』と云うことで、否が応でも期待は高まるものである。もっともその時点では、どっちかというと滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』のほうを思い浮かべていたのだけれども。とにもかくにも大劇場は内容が重たいし、せめてバウはお気楽娯楽路線ってことで。(そう?) ヘヴィメタ大音響でもっとアクションが激しかったら、そして下ネタがあれば、劇団☆新感線になってしまうよ。(阿修羅城観たら、似てたよ)

角川映画『里見八犬伝』の宝塚化である。鎌田敏夫の原作は、馬琴の『南総里見八犬伝』に新解釈を加えたものらしいが、底本とは全然別物である。ちなみに映画は未見*。(原作は研究解説本の影響は受けている、らしい) 信乃×浜路とか、妖之介×毛野とか、犬飼現八八犬士として覚醒するとか、もっとしっかり観たいエピソードもあっただけに、ちょっと内容が駆け足だった気がする。でもやっぱり冒険活劇はおもしろい。そしてテーマは「愛」だそうだ。

だからといって、あの結末はどうだろう。大きな犠牲を払いながらも犬江新兵衛は蟇田一族を倒し静姫を救出するわけだが、当の静姫が、国を放り出して親兵衛を追いかけていってしまうというのは。愛を貫く、確かにそういう道もあるだろう。しかしそれでは里見家再興のため静姫を守り命を散らした七犬士が、犬死になってしまうではないか。

「愛」と云えば、宝塚では切っても切り離せないのがラブシーンである。ラブシーンといえば、親兵衛も八犬士だったことが判明して晴れて静姫と結ばれるシーンは、ほんとうに必要な場面だっただろうか。蟇田一族を倒すにあたって他の犬士が静姫を奉じているのに対し、いくら互いに想い合ってるからと云っても、抜け駆けではないかと云う気もしなくもない。なんだか思わず呆気にとられた。いや、見た目のせいもあるかも。もっとも、その結果静姫は拐われて(う、マヌケだ)、館山城での決戦で親兵衛が最後まで生き残るとも云う。運命の紅い糸で結ばれてるからさ。なんて。

でも最大のラブシーンは、主人公ふたりのではなくて、館山城で妖之介と毛野が斬り結ぶ場面だと思う。妖怪の分際で毛野に懸想し、しかも一方通行な妖之介。妖之介が自分に想いを寄せていることを利用してワザと斬られ、隙を作った妖之介を討つ毛野。「なぜ避けない」とか云って、刃(やいば)にかかった毛野を助け起こそうとする、妖之介の顔の切ないことと云ったら。敵だからというのもあるけど、虫の息でも何でもきちんと止めを刺すことで妖之介を拒絶する毛野は、あれはあれできちんと彼の想いに答えているのでは、と思うのは考え過ぎだろうか。でないとやりきれないよ。

妖之介と毛野には、もう一箇所ラブシーンが用意されている。樋上宮六殺害を一部始終を見ていた妖之介が不意に毛野の前に現れ、「私もおまえに惹かれた蛇」とかなんとか云った後である。毛野、されるがまま。唇が首を這っても。すごく冷たいシーンなのだ。愛がないからこそ、というか、毛野は仕事をするうえで躯を使うこともあったのではないかという気がしたが、それはさすがに深読みしすぎかな。毛野は科白で「人を愛さず、愛されず」と強調するより、歌だけで充分孤独が伝わってきた。

一方で、愛を失うのが信乃。血の繋がらない妹の今際の際で、互いに想い合っていたことが判明。館山城では、妖怪として蘇った浜路の相手を買って出るが、当然そこには、他でもない愛する浜路を他の犬士には殺させないと云う意識が働いている。差し違えてふたりとも息絶え、悲恋といえば悲恋だが、浜路は最期に信乃を愛していたときの記憶を取り戻すので、よかったなあと。愛の力だ。

そういえば、各犬士がどの瑞玉を持つのか、全く説明がなかったな。八つの徳目(仁義礼智忠信孝悌)は関係ないのか。ただの光る玉と云うだけで伏姫の宝玉だと信じてしまっていいんだろうか。まがい物でもあんな光る玉だったら、妖怪チームが妖術でいくらでも作れそうだぞ。それに、犬士を結びつけるアイテムとしては、それだけでは今ひとつ弱いような。実際毛野などは、天涯孤独がモットーなので他の犬士と合流しても馴染んでないし、それこそ瑞玉が導いたから一緒にいるだけ、という雰囲気である。また、伏姫の洞で毛野を見つけた信乃が、妹の仇と云わんばかりに抜刀しようとして、毛野も当たり前に受けて立とうと柄に手をかけて、思いきりチームワーク乱れてるし。(最後まで信乃と毛野はシンメで、うち解けてない空気はあったので、それはそれで正しい解釈だと思う) 底本のとおり、姓に犬が入ることと八徳入りの瑞玉と牡丹型の痣があれば、それぞれの縁(えにし)はなくとも、それなりになにがしか因縁めいたものを感じるのにな、と思った。

不満も多々あるけど、ほかにも、弟の出現で焼き餅焼く素藤とか、妖怪チームが崇めている御玉様がなんだかインドの神様みたいで、そこはかとなく館山城・悪の巣窟@角川映画な雰囲気が漂っていたり、若者好きな船虫とか、浜路の死体を見て雀躍りして笑う幻人とか、ツッコミどころも満載で、結構楽しめた。幻人の、死体を蘇らせて仕立てた侍女(でもゾンビ)を意のままに操る時の手さばきには釘付けである。

* 実は9月に入って映画を見た。まるきり同じで、素藤の衣装まで同じ襟巻きトカゲで、衣装も含めてもう少し宝塚としての換骨奪胎があってもよかったかな、と。


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