宝塚歌劇団月組「愛しき人よ ─イトシキヒトヨ─」

2004-05-03 15:00開演 日本青年館大ホール


時代背景が第二次世界大戦下のあの時代なので、全体を包むトーンは暗い。しかしナチス、軍服、女同士の絡み、軍服での絡み、大陸、犬キャラ… と、齋藤ワールドがてんこ盛り。話も『ヴィンターガルテン』よりかは余程纏まってる。観る前に「ナチス」と聞いたときには『ヴィンターガルテン』と被るのでは、と思っていたのだが、それは本流にはほとんど影響を及ぼしていなかった。ブルーダイヤは、ダイヤとしての説明はあったけれど結局はロマンツェフレポート状態で、置いてけ堀。一部配役にも、「どうしてこの人がこの役を」と不満がある。(嘉月絵里は、ああいう役は確かに巧いし十八番なんだけど、もっとこう、匂い立つような役とか観たいぢゃん)

しかしなんといっても、遠藤和実(霧矢大夢)を取り巻いている娘役の面々、インパクトが強い。強烈である。ヒロインが呑まれてしまっているのも、本当はなんとかしてやらないといけないのかも。

(以下、イタイ感想が無駄に長く続く)(特に川島芳子)

イの一番はやはり川島芳子(紫城るい)だろう。「愛しき人よ」の印象を訊かれれば、川島芳子としか云いようがないくらい、なかなかエキセントリックである。心の枷が外れて、満州国への想いとか野望が暴走して、その中に生きている感じがした。かえって彼女のテーマ曲のほうが一直線な心を表していて、止まることを知らない鮫というか、野望が夢に昇華したというか、川島を突き動かす一番底のピュアな部分が見えるような印象を受けた。

それはともかく、なんといっても、気が付くと誰かとキスシーンを展開してる。見る人出会う人男女問わず、彼女のアンテナに引っかかる人は一通り手をつけてるのではなかろうか。それも、一時の気まぐれとか手段のためと云った側面が強くて愛がないばかりか、川島も満足してないような(そこまで読むか)。この作品には描かれていない部分の、彼女の複雑な事情がそうさせているのだろう、と容易に想像もつくのだが。それはまたそれで、心捉えられてしまった。和実に接近するのは、ブルーダイヤひいては満州国のため。一乃宮若菜に近づくのは、和実の持つブルーダイヤを手に入れたいため。

もっとも、川島のエキセントリックさが顕著で齋藤君の趣味ここに極めり、と思ったのが、最後のクライマックス。ソビエト軍がやってきて望みが叶えられないと知った時、川島が和実に向かって「キミが最後に見る光景は、満州国に立つボクの姿なんだよ」(かなりうろ覚え)みたいなことを云い、「愛しき人よ!」と短刀で和実の両目を潰すところ。愛しき人は本当は和実ではなく満州国でしょ、と解釈したが、どうだろうか。(結局和実もブルーダイヤを持っていたが為の、駒かと) 壮絶なまでのエゴ。清朝の王女である誇りがあそこで崩れると思えば、哀れでもある。その少し前、和実の目の前で若菜を殺すところも、なかなか無慈悲でワタシ的にはありなのである。「ボク以外の女には和実を渡さない」という嫉妬(?)の意味で出ている言葉よりも、用済みって感じが。若菜が和実遭いたさに一縷の望み状態で川島に縋っているように見えるのに引き替え、はなから相手にしていない、道具としか見ていないのも。

それにしても、るいるいが良く応えていた。普通に男役も女役も相手にしていて(リードもしていて)、男役経験がこんなところに生きてるんだな、と妙な感心をしてしまった。川島芳子の年齢が完全に不詳だったのが、逆にまったく宝塚の川島芳子っぽくて、良かったと思う。宝塚の娘役(それも元男役)が、男装の麗人役で、軍服姿で「ボク」「キミ」と云う人物なところ、更にチャイナドレスで「ボク」と云われると、倒錯の仕方も複雑で、ちょっと不思議なおもしろい感じがした。

そんな川島芳子の部下で中国人スパイの凛麗河(美鳳あや)は、川島が一点に向かいつつもあっちこっちに飛ぶ人であれば、ひたすら感情を押し殺しているような女性。感情を無視することになれているというか、そういうことに諦めみたいなものが漂っていたのがよかった。

川島芳子とのチャイナドレスの娘役同士のタンゴは、動と静の対比と云う面も含めて、艶っぽかった。そのあとにキスしようとする川島の手から逃れたりして、部下なのだけど単純な主従関係にはどう見ても見えない。(しかも川島も結構フツーに誘う。一緒に踊らない、とか、こっちに来て飲もうよ、とか)

しかしそんな麗河も、和実のことがいつの間にか "愛しき人" になっていた模様。川島に絡みつかれた和実に助け船を出すべく、ダンスの相手に誘ったときからか。日本人が嫌いと告白したのは、「(両親を殺した)知っている日本人とは違う」和実だったからか。振り向いて貰えなくても良いだなんて、切ない。川島に見捨てられたことと、アメリカに和実の想う人がいると知ったうえで「アメリカへ一緒に渡ろう」と一世一代の大告白をしているのに、「仕事を投げ出すわけにはいかない(でもさっきまで嫌がってた仕事)」って、和実も酷い断り方をするもんだ。

川島芳子に次いでインパクトのある一乃宮若菜は、あろうことか夏河組長なのである。和実の許嫁で当時19歳(えと文より)と云うことだけでも大変なオドロキなのだが、和実を想い、ストーカー宣言までしてしまうのだ。最後は躯を売って上海までやって来るのである。やはり只者ではない… しかも阿片中毒っぽいうえに、和実をエサに、川島にもいいようにされてるような。(キスシーンもある) イロモノとまでは云わなくても、こういった妄執にとらわれた、常軌を逸し始めると、さすが組長の真骨頂である。それにしても、関根潤一(良基天音)と川島芳子、このふたりは、若宮 "夏河" 若菜を色んな意味で軽々と扱ってたな。これもあるイミ驚きかも。(もっと若者で若菜が観たい気もする)

ケビン(月船さらら)を追いつめるナチスの女性幹部(なのか?)ターニャは、紫水梗華。親衛隊の制服に金髪をおろしていて、これがまた格好良いのなんのって。無表情さや冷酷さがきっちり怖くて、もうストライクゾーンである。割と目につくところにいる人だけど、どちらかというと、五峰亜季さんのような職人系ダンサーだと思うのだが、どうだ。

印象強い娘役、揃いも揃って強者揃いである。そんな中で、唯一引っかかった男役が、大門誠(真野すがた)。まるで、犬。しっぽ降って駆け寄ってきそう。「犬って呼んでください」って本当に云ってそうだ。何があってもご主人様に付いて行きますって感じだった。彼だけが、利害抜きに和実を愛していたのではないかと思われる。痩身の二枚目青年軍人なのも、マル。ラストのラストで南瓜好きが判明するのがおかしい。

個人的に、パリでジョセフィーヌとデートしている和実が、映画を見て「エノケン、ロッパが懐かしい」と云ったところが、面白ポイントだった。(だからフィナーレで「青空」を少し使ってたんだと思う) あと、一幕で和実の写真を見た川島芳子が、チャイナドレスで「彼、イカしてるね」とか「ボク好み」と云うのが、二幕の軍服姿で「あとでボクの部屋に」と誘う以上に、和実喰われちゃうよ、と思ってしまった。えゝ、それはもう。


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